長男教

なくならない長男教に苦しむ女たち。根っこは日本人の「依存」と「支配」思想にあり

長男とか跡取りとか。

本家とか分家とか。

「そういうの、今時古いわ」という言葉が通じるのはどうも東京および近郊。長男教は他県では当たり前のように色濃く残り、女たちは当然のように長男と結婚したら同居を覚悟する。そんな風潮は現代日本でも普通に根付いています。


長男教とは

長男教とは、男の子が誕生するとその家の後継ぎとされ、〇〇家という名前を後世に残す大事な跡取りとして生まれたもの。

現在は法律で、親が他界した際の遺産は妻半分、残りの半分を子で等分する、とされていますが、昔は後継である長男がすべて相続する時代がありました。

それは、家や土地、預貯金を相続する代わりに、親と同居し介護や面倒を見ることが暗黙の了解としてあり、それを小さい頃から長男に教え込む、という文化があります。

「お前は長男だから」という責任感を持たせる言葉や、次男、三男よりも長男が優遇されたりして、少しずつ長男としての自覚を教え込まれます。

伝統芸能や職人や地主、自営業、旅館業など、伝統を代々大切に受け継ぎ日本文化を遺すという大きな役割がある一方、一般家庭にも長男教は浸透していて、「子は等分」とされている遺産相続法があるにも関わらず、未だに嫁姑の問題はなくならないし、嫁いだら〇〇家のやり方に従う、という風潮は、意外にも普通に残っているのです。

男子のいない女系家族では、養子を迎えて跡取りにする。

そんな家庭もまだまだあるのではないでしょうか。

家を守り、継ぐことが代々の重要事項

知人の地主さんに話を聞くと、代々守ってきた先祖からの土地は、自分の代、自分の子供の代で絶やしてはいけない、とやはり強く感じているそうです。

よく「三代目で潰す」と聞きますが、土地や建物を貸して得る賃料だけで十分に生活できるような地主さんは、子、孫がお金の使い方を間違い、贅沢や無駄遣い、遊びや賭け事で散財して潰してしまうとか、莫大な相続税を払いきれずに手放してしまう、ということが起こるそうです。

ですので、代々先祖からの土地を守る使命がある地主さんの暮らしぶりは、見習うべきところが多々あるほど、無駄がなく普段は質素だったりします。

一方、サラリーマンの一般家庭でも長男教は存在し、遺すほどの財産や土地がなくても「長男だから」という理由で親を扶養し、同居する家庭が地方では多いのが事実。

お嫁さんとしては、夫と二人でコツコツ貯めたお金は子供の教育費や自分たちの家に使いたいのに、長男の嫁というだけで二世帯住宅や完全同居住宅を夫婦のお金で建てさせられる、ということもあるのです。

「え~、そんなの理不尽!」という人は、東京近郊にお住まいの人ではないでしょうか。住む地域によって、「理不尽!」「ここでは当たり前」とおそらく全く別の価値観や考え方が出てくると思います。

長男教を叩き込まれた長男は、都会に暮らしても「俺は長男」という意識が抜けない

欧米諸国の文化や考え方が入ってきている現代に生まれ育った人でも、恋愛中は自由気ままでいても、いざ結婚となると「俺は長男」という発言が飛び出たり、結婚の挨拶に行くと「墓守を頼みます」とか「将来介護はよろしくね」と言う義親と、それを当然と顔色を変えない長男、そんな夫になる男性に幻滅する女性…というのはよくある話。

わたしの周りでも、多くの女性が「将来は介護よろしく」的なことを言われています。地方に限らず、千葉、神奈川、埼玉でもよく聞くことで、これは日本人の多くが不思議にも思わない、深く浸透した特有の価値観、考え方なのかもしれません。

この記事を読んでいる男性と女性ではまた、反応がおそらく違うことを予想して書いています。

男性の多くは「でもじゃあ、誰がいったい親の面倒をみるの?」と感じているのではないでしょうか。そして女性の多くは「夫の面倒はみれるけれど…」という人や「わたしにも親がいるのに」とか、気の強い姑に日々アレコレ言われて疲弊している人は「絶対に面倒なんてみない」と思っているかもしれません。

モラハラ・パワハラが横行する同居

モラハラ、パワハラが今ではよくメディアに登場し、わたしたちも知識をつけていますが、同居世帯ではこのモラハラ、パワハラが平然と行われていたりします。そして家庭という密室で行われ、けして表面化しません。

たとえば、「早く跡取りを作って欲しい」「子供を産めない嫁をもらったつもりはない」や、「うちのしきたりを早く覚えて」「躾は大事よね(嫁の親を中傷)」「嫁は早く起きて掃除洗濯をするもの」「いつまで仕事をするつもり?」など、直接的ではなくても表情や言葉のニュアンスで行われるモラハラ、パワハラがあります。

もちろん、このようなイビリやイジメをしない姑さんもたくさんいますけれど、女性の多くが同居を嫌がる理由として、日本女性はこれらのモラハラ・パワハラが当然あると推測しているからです。

また逆に、夫になる男性に対しても、嫁側の親が「どこの馬の骨かもわからない」などという言葉を発することもあります。親側の主張は「大切な娘をやるんだから、親心」でしょうが、本当に娘に幸せになって欲しいなら、娘が選んだ夫になる男性を大切に迎え入れるだろうし、その男性にもまた親がいて、親を「馬」呼ばわりされた男性は、結婚を躊躇するかもしれません(わたしが男ならかなり嫌です)。

日本人は働き者で慎み深く「耐え」の思想があるために、それが美徳とされてきました。その美徳の背景には、多くの女たちの涙があったことを忘れてはいけません。

家庭内で行われるモラハラ・パワハラは表面化しづらく、また辛い思いを友人知人に話しても気持ちの発散はできるでしょうが、同居を解消しない限り解決できないストレスに耐える人生は長く続くことになります。

モラハラ・パワハラは、たいてい本人にしか伝わらないように、時や場所を選んで行われます。これは家庭内だけでなく、職場でも同じです。パワハラは、大勢いる前で罵倒したりして恥をかかせる、ということもありますが、その場合は他者の目があるので表面化しやすいですが、密室や二人だけでいるときに行われることが多く、たいてい周囲の人は気がつかず、辛さを訴えても「気の持ちよう」とか「あなたにも非があるんじゃないか」とか言われ、どんどん追い込まれていきます。

同居の場合、夫が常に嫁の味方であればうまくいくケースがありますが、姑がそれに嫉妬したり、怒りを増大させてひどくなるケースもあります。

同居を拒むと「冷たい」「わがまま」と言われる女たち

どんなに優しく穏やかな義理親でも、他人がひとつの空間で共に暮らすのは大変なことです。

たとえば、食材は毎日、その日に食べるものを買いたいと思っている人と、忙しいから土日にまとめ買いして冷蔵庫にあるもので献立を作りたい、と思っている人が同じ台所を共有すれば、互いに不満は溜まっていきます。

人間も動物なので、猿山の猿と同じく、自分のテリトリーに他人が入るとそれを保守したくなり、威嚇したり追い出したりするのでしょうか。

嫁が「絶対に同居はしない」というと、長男教に洗脳されきった夫は「冷たい」「わがまま」としか感じないでしょう。嫁に来たのだから従うのは当然と考える人もいるでしょう。親からの経済的な援助や子育てのサポートとして実親と一緒に暮らすと楽だろう、と男性は考えますが、女性は援助やサポートはいらないから、気兼ねなく自由に生活したい、と考えています。

それはけして、夫の親を嫌いなのではなく、自分の自由やプライバシーがなくなること、すでにできあがった人間関係である家族に、他人である自分が入っていかなくてはいけないことへの不安から。

別居していれば義理親と仲良くできる、優しくできる、という女性は多いです。

「私も同じ苦労したのだから」という姑と姑をかばう長男

子離れ女性にも「自分が苦労したから、お嫁さんには苦労させたくない」というタイプと、「自分が苦労したのだから、これくらいは当然」というタイプがあります。

「お嫁さんには苦労させたくない」というお姑さんは、おそらく大抵同居は望まず、本当に助けが必要になるまで自立して生きよう、という心構えがある人です。

ヘルシーエイジングでは、「健康寿命を延ばし自立して生きる」ことを提唱していますが、身体的なものだけでなく、精神的な自立というのを強く訴えたいと思っています。

というのは、依存は自分の孤独や自己愛から生まれ、他人を不幸にするばかりか自分をも不幸にするからです。もしあなたに息子さんがいて、小さい頃から「長男なんだから将来は面倒みてね」と言い続けているとしたら、息子さんが重荷に感じて離れていき、将来悲しい思いをするのはあなた自身かもしれません。

長男教に洗脳された息子になれば、息子は自分の味方をしてくれますが、息子の嫁は心労から離婚してしまうかもしれません。大切な息子の幸せを奪うことになりかねません。

また、依存が透けてみえる親に対し、お嫁さんから「同居はしません」とハッキリ申し伝えられるかもしれません。

そのとき、自立した女性ならば同じ女性の幸福として受け入れられますが、依存する女性ならば「苦労して育てたのに」「息子を取られた」という負の感情が湧き出すでしょう。

根底には「家を守る」のではなく「面倒をみてもらう」不安感や孤独感が子供を支配する

誰でもひとりでは生きられません。誰かの助けがどうしても必要な年齢になるときがきます。人間ならば誰しも不安に感じますし、孤独にもなります。

その不安や孤独は、自分で受け止めなければいけません。

なぜなら、不安や孤独を他者で埋めてもらおうとすると、他者の自由を奪い疲弊させてしまうからです。人間には不安や孤独は付き物なので、なくなることはありません。無限大なのです。依存しはじめると、それが当然になり、もっと、もっと、という感情が出てきます。

若くても彼や夫に「~してくれない」が口癖の人は、改めてじっくりと自分に向き合いましょう。本当に冷たくてなにもしてくれない彼、夫なのか。自分が寂しくて孤独だから不満を言っているだけなのか。

その不安や孤独は、もしかしたら自分で新しく趣味を見つけたり行動することで消えてなくなり、いままで「何もしてくれない」「どこにも連れていってくれない」と不満を募らせ彼や夫との仲もギクシャクしていたのが、好転するかもしれません。

どこかに行きたいのなら、自分から誘ってみましょう。「連れて行って」という依存的な言い回しをやめ、「一緒に行ってみない?」という提案をしてみましょう。自分から発信し、自分が主体になるのです。

もし相手が「行きたくない、興味ない」というなら、それは魅力が相手に伝わっていない可能性もありますし、ただ単に相手が出不精で出歩きたくない、という理由かもしれません。後者の場合不満になりますが、興味のない相手と出かけたところで自分も楽しいはずはないのだから、一緒に楽しめそうな友人を誘ったり、ひとりで行ってもいいのです。

出不精の相手をうまく口説いて一緒に出かけて、想定外に楽しんでくれたり、新たな発見があったりして、少しずつ相手が変わっていく可能性もありますね。

どうしても価値観が合わない…そういう相手を選んだのは自分で、そして最終的には性格が合わない人と離れる選択も自分にあるのです。不満を持ちつつ一緒にいるのは自分が決めていることなのだ、と知りましょう。

孤独や不安は、趣味を持ったり、友達を作ったり、自分で解消する術を身につけましょう。自立して自分の生活を楽しんでくれている親は、なによりの子孝行です。旅をしたりして、いくつになっても視野を広げ、新しい発見や出会いに感動しましょう。そしてそれを子供達に話してあげましょう。

そして…そういう親なら、最期をきちんと迎えさせてあげたい、という気持ちが子供の心に芽生えるのではないかな、と思うのです。

女たちよ、「こどもは社会のもの」という哲学を持とう

女性の自立女性には出産のタイムリミットがあります。産みたくても産めない日が必ずやってきます。

子育てをしたい、子育てを通して感動や発見をしたい。子育てにはお金も気苦労もかかりますが、小さな赤子を立派な成人に育てるまでの過程に、楽しみも喜びもいっぱい詰まっていますよね。

楽しみや喜びの一方で、悩みも尽きないと思います。学校でイジメに合わないか、イジメをしていないか、病気にならないか、事故に合わないか、希望校に進学できるか、就職できるか…

子育てや教育にはたくさんのお金がかかりますし、毎日節約しても火の車、という時期もあるかもしれません。

でも、「こんなに大変な苦労をさせられたんだから、親の面倒を見るのは当たり前」とは思ってはいけないのです。(そんな風に思わないわよ、という人は多いのは知っていますが、同時にそう思っている人も大勢いるのです)

若い女性に「なぜ子供が欲しいの?」いう質問をすると、本能として当然のように欲しい、という意見がほとんどですが、7割程度「老後寂しいから」「子供に介護してもらいたいから」と返ってきます。

民生委員をしている知人の話では、子がいても老齢で一人暮らしをしている人がほとんどとのこと。子供がいても、頼れないのが現実なのです。それは子供が親不孝云々、嫁云々ではなく、子供の経済力や住まいの問題、転勤など、難しくする要因がたくさんあるのです。

もし子供がいて、自分は姑の面倒はみないけれど、子供にはみてもらいたい、などという考えがあったら、それは虫が良すぎます。

成人したら、解き放つ

こどもが成人するまでが親の役割。素敵な相手を見つけて結婚し家庭を持ったら、完全に子離れが必要です。

子供は社会で働き、結婚して子供を持つ。そして孫が生まれ…

子供を自分の思うように行動させ、同居することが親孝行と擦り込むとしたら、今の時代では途中でアテにしていた子供が引きこもりになったり、結婚もせず仕事もせず家にいて「こんなはずじゃなかった…」ということになりかねません。

嫁姑バトルの根源は「嫉妬」と「支配」

嫁姑バトルの根源はズバリ、嫉妬と支配欲です。

世代の価値観の違い、なんて聞きますが、それは一因に過ぎません。世代の価値観はあって当然で、お互いに違和感を感じるとは思いますが、バトルに発展するのはどちらかが相手を自分に合わせようと支配したりコントロールしたりするからです。相手の気持ちや価値観を一切無視し、常識やシキタリ、躾という言葉を使って正当化するからです。嫁・姑のどちらかが性格的に主張できないタイプなら、不満がたまっていき爆発、ということに。

夫婦でさえ喧嘩するんですから、当然です。

嫉妬は負の感情しか出しません。また、ものすごいパワーがいります。ものすごいパワーを消耗するのに、いいことはひとつもありません。そんなことにパワーを使うくらいなら、楽しいこと、素敵なこと、ワクワクすることを見つけたり健康に意識してパワーを使った方が、ずっと自分のためになります。

ママトモとの付き合いで疲弊している女性も多いでしょう。こどものためにと割り切り、本音を隠し付き合わなければいけないとしたら、相当なパワーが必要になります。

嫉妬する人は、たいてい何かに不幸を感じている人です。人が羨むようなお金持ちでも、いつも誰かと比較し嫉妬していれば、不幸です。先にも書きましたが、嫉妬している人はものすごいパワーを持っています。そのパワーに巻き込まれないようにしましょう。そして嫉妬する当事者にならない努力をするのです。

そして誰かを羨んだり妬ましく思っている自分がいたら、「自分は今、嫉妬している」と振り返ってみてください。この世には、約70億人もの人がいて、嫉妬する対象が1/70億人にすぎないことを。そして、人生長くても100年位しか生きられないことを。時は有限。嫉妬は無限。

さっさとそんな面倒臭くて詰まらない土俵から下りちゃいましょう。

「置かれた場所で咲きなさい(渡辺和子著)」なんて読んで、自分を納得させようとしてたらダメですよ(笑)

家庭の外に自分の世界を持とう

夫に養ってもらっていて自己主張ができない雰囲気があるなら、働きに出ましょう。長く専業主婦をしていると、社会復帰に自信が持てずなかなか働けない、という人も多くいます。

専業主婦で夫との仲も良好、子供はすくすく健康、というケースなら最高ですが、人生は長く、いいときも悪い時も。自分で働いてお金を稼ぐ、ということは、経済的な面はもちろん精神的な支えにもなります。

趣味や習い事をする余裕があるのなら、家庭以外の他人との交流を別に持てる環境づくりをしましょう。案外、自分の考えや視野が狭くて新しい発見があったり、お姑さんと仲良くやっている女性から話を聞いたりしましょう。

勇気を持って最初の一歩を踏み出せば、案外簡単なものですよ。

他人軸で考えず、自分軸で考える

60代のある女性が、大学卒業間近の若者にこう言いました。

「30歳までに仕事を頑張って、30過ぎたら役職につく位じゃなきゃダメよ」と言いました。

昔の30歳と、現代の30歳とは全然違うし、平均結婚年齢も違うので比べるのもおかしいですが、わたしが大学時代も、当事者の私たちの間でさえ、こういう考えが一般的でした。

就活をするにあたり、サークルの先輩にも同じようなことを言われました。

でも今は、生き方はそれぞれという風潮です。現代では選択肢が多いですし、年功序列や終身雇用も崩壊しているので、60代女性の意見は彼女の生きた時代の一般論であり、現代人には当てはまりません。

そして、その女性は専業主婦で週に3日ほどの本屋さんでのパートをしていました。彼女の価値観は、「安定した収入を得た夫と結婚し子供を産み、自分のお小遣い程度にパートに出る」ことこそが勝ち組女性だと信じていて発せられたものです。

結局、他者からのアドバイスも、その人の価値観に基づいたものであることがほとんどで、責任も伴わない、ということを考慮すべきです。

大学受験で将来やりたい仕事が決まっている人は、そんなに多くないのではないでしょうか。

何になりたいか、何をしたいかわからず、とりあえず大学へ進学し4年間の猶予内でじっくり考える、という人もいるでしょうし、実際に社会に出てみて働いてから、本当は何をやりたかったのか気が付く人もいます。気が付くのが40歳かもしれないし、50歳かもしれない。

そこで、たとえば40歳、50歳からなにか新しいことをスタートしようとすると必ず出てくるのが、この他者のアドバイスです。

良かれと思って「あなたのために」というスタンスで受けるアドバイスですが、往々にしてその人の経験値というモノサシでしかありません。

自分の人生という軸を基準に考えたら、寿命84年の場合40歳はちょうど折り返し地点。まだまだ半分あります。50歳でもまだまだ。自分軸は1本ですが、他人軸は無限にあります。自分に合うかどうかは、本人しかわからないのです。

結婚生活も、他人同士が一緒に生活するわけですから、自分がどう思うか、どう感じているかということをパートナーとシェアしないと、いずれズレが出てきたり、価値観が合わないとか、理解してもらえないとか、ひずみが出てくるのではないでしょうか。

同居を「お願い」や「打診」ではなく、強制してくる義両親の場合、それは義両親も自分軸で言っているのです。親の軸で考えれば面倒みてもらいたい、老後は足腰が弱って不安だから、一緒に住んでもらうだけでいい、と考えるのは当然のこと。

ですので、同居を願うのは親なら自然に思うこと、という共感を持ちながら、その気持ちに寄り添ったうえで自分の人生を考え、できること、できないことを自分軸で考えるのです。

自分の人生は自分のものである、と声にだそう

もしあなたが長男さんに嫁いでいるとします。

同居が全然苦にならない、仲がいいから面倒を見たい!そう思える人なら問題ありません。

立派な二世帯同居を建ててもらって、お風呂や台所の水回りも完全別、お互いに干渉しあわない主義、という親子ならうまくいくでしょう。

それに、愛する夫が独居する母親を心配しているのに、妻の意見で我慢しているとしたら、それは夫にとってとても辛いことだという思いやりも必要だと思います。自分の親だったら、と想像したり、すでに弱弱しくなっている親を放っておいたら可哀そうと思うのではないでしょうか。

でも、子供の教育や躾に口出しをする、夫や子供の前で嫁を馬鹿にしたり嫌味を言う、嫁に来たのだから親の面倒を見るのはあたりまえ、と考えている義理親でしたら、まずうまくいきません。夫が100%嫁の味方になってくれても、毎日積み重なるストレスは、心をがんじがらめにしてしまいます。実際の生活が始まったら、夫も自分の母親の気持ちを逆なでしたくない、と考えるようになりますし、人間の本能としてそれも仕方ないことです。

親をないがしろにしたり、口も聞かない、電話もしない、里帰りもしない、という険悪な仲になるまえに、きちんとパートナーに自分の意志を伝え、自分ができることとできないことを明確にしましょう。

長男としての意識が強く、妻の意見をまったく聞く耳を持たず譲れない夫だとしたら、それも「あなたが選択した」結果です。長男意識が強い男性と結婚する時点で、ある程度覚悟も必要です。

ですが、もし、あなたの心身を蝕むほどの義理親からの暴言や支配があるとしたら、あなたはそれを断固拒否する権利、そして、そこから離れる権利はある、ということを覚えておいてください。あなたは基本的に、自由なのです。

女性の自立

権利ばかり主張して、妻としての役割や責任を放棄している人はいませんか?

たとえば、専業主婦なのに掃除や片づけをせず家の中は荒れ放題。洗濯はするものの、取り入れるだけで畳まない、仕舞わない。キッチンのシンクには使い終わった食器が洗わずに放置。料理が面倒だからと外食や中食が多く、家計管理ができない。

そういう女性の多くは、夫に多くを求めるくせに、自分は甘えてばかりで動こうとしません。

家事をほとんどせずに毎日ワイドショーを観たりして時間を過ごしている妻が、夫が親の同居を相談したときに「絶対に嫌」と言ったところで、ただの怠慢な主婦としか思われません。

夫に頼ることと依存はまったく別物です。

依存的な人の傾向

  • 自己主張が強い
  • 執着心が強い(夫や彼、お金、自分のやり方など)
  • 言い訳がおおい(「でも…」「だって…」)
  • 責任転嫁する(私が~できないのは〇〇が△△だから)
  • 不平不満が多い
  • 嫉妬深い
  • 友達が少ない、いない
  • 仕事やパートが長続きしない
  • わからないことや疑問を自分で調べようとせず、最初から誰かをアテにする
  • やってもらって当然、という考えがある。
  • 働きたくない
  • 思い込みが激しい
  • 依存できない女性をかわいそうとさえ思う

思い当たる点、ありますか?

依存するのがなんでいけないのよ!と思っている方で、夫も満足、子供も満足なら家庭がうまく回っているので問題ありませんが、往々にして依存しがちの人は無意識化で相手を支配して安心感を得て、次第に相手(夫、子供、友人)が離れていき孤独になる、というケースが多いようです。

依存することは、一時的には心地いい思いができるかもしれませんが、長い目で見ると自分自身を苦しめることになります。また、依存することに慣れてしまって、そこから抜け出すには相当の苦痛が伴うこともあります。その苦痛が嫌で、本能的に依存という居心地のいい状態に浸ってしまうのです。

上の項目にチェックが多く当てはまった人は、他者への依存度が強い傾向にあります。もし、今生き辛さを感じているなら、依存する心が原因かもしれません。

自分自身を解き放ち自由を手に入れるには、誰かに依存して得るのではなく、自分自身で勝ち取ること。自分のやりたいことを実践し行動に起こし、前に進みたいなら、言い訳をしないで今すぐにでもアクションを起こすこと。

行動を起こして小さな成功が自信となり、少しずつ周囲も変わっていきます。相手を開放し、自分をも開放することができます。

まとめ

いかがでしたか?

欧米の文化が浸透し、核家族化している現代の日本で、今でも長男教や同居で苦しむ女性がたくさんいます。私の友人でも、身体を壊してしまうくらいにストレスになっている人もいます。

長男教なんて古臭いわ、今時、そんなのナンセンス。

そう自分が思っていても、愛した男性が長男で、しかも蓋を開けてみたら長男教にどっぷり洗脳されていた…なんてことはフツーに起こること。

肝心なのは、自分自身と向き合って、とことん自分がどう感じているか、どう思っているか考えること。そしてそれを、彼や夫に率直に伝えてみたり、相手の考えを聞いてみましょう。とことん二人で話し合って答えを出しましょう。

同居で夫婦がトラブるケースの多くは、妻側が夫と同居について日頃から話をまったくせず、妻が勝手に「〇〇だと思う」「〇〇のはず」と決めつけていることが多いです。

いざ、同居という話になったとき、自分の想像と全く違う夫の発言が飛び出て泡を食う、ということが起きるのです。

また、同居云々の前に、義理のご両親を愛する夫を生んでくれた人として接する努力をすることも必要だと思います。最初はちぐはぐだった他人である義親が、親友のような関係になることだってあるのです。親友は困ったときに相談したり助け合ったり。毎日ベタベタ一緒にいるわけではありませんよね。

心の支えに変わったとき、同居しなくても安心していただける関係ができるかもしれません。

もしそんな関係性を築けたら、同居なんて絶対に嫌、と頭から拒否する自分はいなくなるかもしれませんね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です