断捨離とか、ときめきお片づけとか、一種のブームです。
ミニマリストというのも出てきて、部屋の中はガランドウ、引っ越す場合はトランクひとつで事足りる、という強者もたくさんいるようです。
大切なことは、それが自分に必要か。合っているか。
目次 [開く]
わたしが断捨離を終えて見えた風景と感想。
母の他界後、想像を絶するほど大変だった遺品整理
母が67歳で他界したとき、実家にはたくさんのモノで溢れかえっていました。
ゴミ屋敷、というわけではありませんが、闘病中は父独りが暮らしていて掃除も行き届かず、食器棚には使わない食器がわんさかあり、履きもしない古い靴が靴箱に押し込まれ、衣類もいっぱい、タオルやリネン類を茶箱一杯に見つけたときは、深い溜息が出たことを覚えています。
私の母は絵手紙の先生をやっていて、日常生活品に加え絵画道具、画材、何十枚もの額縁、大きな和紙ロールなどが押入れを占領していて、整理が下手な人だったので定位置がなく、あらゆるところからポロポロと出てきてはひとつにまとめる、という作業をしていました。
不要なものを判別できず、使わないもの、着ないものも捨てられず、モノに占領されていました。
ゴミ屋敷の住人は、捨てることに抵抗を示しますが、ただの片付けられない人というのは「綺麗にスッキリと暮らしたい」という気持ちはあるのです。でもうまくできない。そのため、ストレスがどんどん溜まり、かといってどこから手をつけていいかわからず放置する、という悪循環に陥ります。
一度捨てたはずのぬいぐるみがソファーに鎮座
わたしが独立して家を出るとき、ぬいぐるみを捨てるべく、ゴミ袋に入れていたのに、数日後にリビングのソファにチョコリと座っているそれを見たとき、思わず背筋が凍りました(笑)
母が「可哀想に」とゴミ袋から取り出したそうです。
捨てられない人というのは、モノに対して色んな感情を巡らせたり、思い出とリンクさせたりしてしまうからなのかもしれません。
気分で買った布や服飾用品
片付けられない人にアルアルだと思います。作りもしないのに、作る過程を想像して楽しい気持ちになったり、作りあげた作品を想像して、アレコレと道具や素材を買い込む。
私の母はとくにその傾向が強く、家族からいつも大ブーイングでした。
パンを焼きたいからとオーブンレンジをねだられて、私のボーナスで買ってあげたそれは、パンはおろかオーブン機能を一度も使ったことがありませんでした。だったら電子レンジで良かったじゃない、というかそもそも買い換える必要なんてなかったじゃないと。そう指摘すると、「作りたいと思ってた」「いつか作る」と言うのですが、結局最後まで一度も使われることはありませんでした。
その他、手織り機やミシン、パンフラワーの道具など、あれこれ買うもののほとんど使うことなく、わたしが触ったときは錆び付いていたり長期間触らなかったために故障してしまったり、という始末。
洋服の生地も、まったく手付かずのものが何メートルも、大きな茶箱一杯に入っていたり、シーツやリネン類も夫婦二人では多すぎて押入れから溢れるほどの数を所有していました。
婚姻時に持ってきた布団があるのに、新しく買う不思議
もったいない、という感覚は、ある世代以上の人はあると思います。
モノを大切にする、というのはとても良いこと。私もなるべくモノの寿命一杯に使いたいと常日頃から思っています。
でも、モノを大切にする、というベクトルが違う方向へ向く人もいます。
母が23歳で結婚して祖母から持たせられた婚礼布団2組みの他、祖母が絣の着物を解いて作ってくれたという綿の敷布団が2組み。この4組みの布団は、わたしが知る限り、使っているのを見たことがありません…
というのも、一度綿の打ち直しを町の布団屋さんにお願いしたところ、「一部安い綿に変えられてしまったようだ」と不満を持ち、良い綿を使っているこれらの布団は「永久保存用」となり、新たに綿布団を家族分の4組み買う…というなんとも不思議な行動を取ったのです。
押入れがたくさんある田舎の大きな家ならいざ知らず、3LDKのマンションの押入れに収まるわけもなく、押入れはギチギチに詰め込まれ、入りきらないリネンや服のためにタンスや箱を買い足すという悪循環。
片付けられない、という心理の背景には色々あるようですが、家族といえど他人と一緒に暮らす共同生活では、明らかに不満が噴出する可能性があります。
モノに溢れた家で過ごさなくてはいけない家族にとっては、無意識下でリラックスできず、イライラしていたような気がします。
45Lのゴミ袋は50袋以上。まだ片付いていない
母の衣類、欠けている食器、多すぎて使われていない鍋や調理器具、画材用の紙類など、ボンボンゴミ袋に詰めていきました。自分のものではないので、むしろあまり悩まずにできたのかもしれません。
絵の具や筆類、まだ綺麗で上質な衣類などはフリマサイトでちょこちょこと売って処分しました。
とくによく売れたのは、新品のシーツ類。出品するとものの数分で売れたこともありました。
絵が趣味だったので、とにかく紙類が多い。習作やクロッキー、途中で放置した絵など大量にあり、捨てても捨てても出てくる出てくる…
凄かったのは、リビングの絨毯を捨てようと丸めたら、下からたくさんの大きな絵がわんさか出てきて…全部破棄。これだけでゴミ袋3袋分にはなりました。
最初の半年は毎週末帰省するたびに整理をしていました。ある程度片付きましたが、まだまだおわりません。とくに、ほとんど使われていない、または新品の大きな額縁が何十枚も。額縁は買い手がつかず、リサイクルショップも嫌がるものだそうで、フリマに出すにも大きく重たいので難しいし、ネットのフリマやオークションを利用しようと思っても、ガラスを利用しているために特別な梱包や発送が必要なため、単価が高くなってしまって売ることができません。
結局、有料粗大ゴミとして出さなくてはいけないのですが、ほとんど新品で綺麗なものなのに悲しいなぁ、と思って、まだ大量に実家に置いてあります。
美大生や福祉施設などで絵を飾ったりするのに使っていただけないか検討中です。
モノは他人にとってはほとんどがゴミ
よく「娘に譲れるから」という理由をつけてモノを買う人がいますが、あまりおすすめできません。自分が気に入っていても娘の好みではないかもしれませんし、気に入らなくても母親が遺してくれたものをなかなかいさぎよく捨てられない感情が働き、「捨てたいけど捨てられない」というストレスになるのです。
モノを遺してあげたいという親心もわかりますが、子供にとって大変な遺品整理をさせないようにしてあげるのも子孝行です。
ブランドモノのバッグだって、何十年も経たものは、使えればまだいいですが、売ろうと思っても二束三文、ということがほとんどです。エルメスのバッグは比較的値崩れしないそうですが、自分の代で使い切ろう、と思って買った方がいいと思うのです。
あまり使わないでいても、自宅で長期間保管していると経年劣化を起こしたり、カビが生えたりベタついたり、色々とほころびが出てきます。
ブランドモノじゃなくても、形として残るモノというのは、子供であろうと夫であろうと、他者が必要のないもの、好みじゃないものならばただのゴミになります。
代々遺してもOKなのは、ジュエリーくらいじゃないでしょうか。
小さくて場所を取らず、経年劣化が少なく、大切な家族からの贈り物として身につけられます。ただし財産として遺したいというならば、ジュエリーはおすすめできません。金・プラチナならば相場で換金できますが、何十万、何百万も出して買ったジュエリーでもg単位の金・プラチナ価格で換金されたら数万程度にしかならないのが普通です。
昔は土地を残してあげたい、という親はたくさんいましたが、現代では子がどこでどんな仕事をするかも、将来どこに住むかもわかりませんし、子が家を継ぐ時代ではなくなってきているので時代に合いません。
住みもしない土地を維持する負担も発生しますし、買い手がつかない、借り手がつかない、といった土地ならば永遠に税金を子に課すことになります。
整理は50代から始めるのがベストだと思う
無理をして断捨離をすることもないし、ミニマリストになる必要もありません。
ただ、60代になると精神的・体力的にモノを仕分けしたり片付けたりすることが億劫になる、という声を多く聞きます。片付けたいけれど片付けられない、という身体になる前の50代のうちに、不要品はどんどん処分し、本当に必要なもの、好きなもの、気に入っているものだけに絞って少しずつダウンサイズすることをおすすめします。
遺された人が負担に感じない程度にモノの整理をして、どうしても自分の代だけで終わらせてしまっては忍びないモノに関してはリスト化して購入時の価格や価値、貴重性などを明記しておくと、遺品分けもしやすいと思います。
無印良品風なインテリア紹介が多くない?
断捨離、ミニマリスト、というキーワードはネット上で本当に多く見受けられますが、わたしはちょっと違うかな、とも感じています。
というのも、断捨離をしている多くの人たちに共通しているのが「白やグレーを基調にする」ということ。たぶん、お洒落なインテリア系のブロガーが紹介する部屋の写真やグッズなどを参考にしているのだと思いますが、比較的手頃で誰でも簡単に手にはいる白・グレー基調のインテリアといったら、まず無印良品に行き着くからでしょうか。
ほとんどが同じようなスタイル、部屋に見えるのです。
子育て中の人は特に注意
白、グレー、茶を基調に、シンプルでミニマムな部屋がいいのは大人だから。子供には実はあまりよくない、ということをご存知ですか?豊かな感受性や脳の発達には、ミニマリズムは適していません。
経験値の浅い子供にとって、毎日見るもの、触るもの、聞くものすべてが新鮮で、彼らの脳の中ではそれが刺激になり、豊かな想像を掻き立てます。
たとえば、真っ白い布団がお洒落だからと、子供用にも真っ白に揃える。
一方、女の子にはピンクで色とりどりの柄や可愛らしい動物の絵が描かれていたり、男の子には電車や虫、星などの絵が描かれている。
色柄がふんだんに使われている布団を眺め、子供の頭の中では動物が会話をし、電車が動き出し、虫が話しかけ、星が宇宙を駆け巡るのです。
無機質なモノに囲まれていると、この想像力や脳への刺激が少なくなり、子供の感受性は育ちにくいと言われています。
個性のある家の方が楽しい
アメリカでは、親しい友人を家に招くと「ハウス・ツアー」というものをしますし、家を買うとお披露目のためのパーティを開きます。
アメリカ人の友人・知人の家に遊びに行って驚くのは、家が大きくて広いのはもちろんですが、それぞれ本当に個性的なインテリアだったり飾りだったり、自分たちで工夫して家を整えているのが本当に素敵なのです。
アメリカンキルトが趣味で自分の作品をベッドやソファのカバーにしていたり、キルト部屋を設けていたり、アンティークの缶をコレクションしていたり。
綺麗な貝殻をコレクションしていて窓辺に飾っていたり、自分で描いた海の絵を壁に飾っていたり。
驚かされたのは、どの家もリビングが綺麗に片付いていて、ゲスト用のバスルームは新品のようにピカピカ。日本人の方がアメリカ人よりも綺麗好きだと思っていましたが、家に関してはアメリカ人の方がずっと手入れをしている印象でした。
プライバシーがしっかりと守られているアメリカでは、子供部屋ではどんなに散らかしてもOK、でも皆が共通で過ごすリビングでは、散らかしたり汚したり、寝たりしない、というルールがあるからよ、と教えてもらいました。
自分で、なにが一番過ごしやすく居心地が良いかで決めればいいと思いますが、ミニマリズムや断捨離が良い、というわけでもありません。
哲学や精神論を匂わせる断捨離の背景にはビジネスあり
断捨離がブームになったのは、モノを片付けるという行為を「断捨離」とネーミングすることにより、キャッチコピーとして知れ渡り浸透した、ということがあると思います。
また、その背景には哲学だとかヨガの教えだとか、精神論的なものを匂わすことでさらに信奉者を増やしたのだと思います。
でも、頻繁にSNSで断捨離の宣伝を目にするたび、これもビジネスの一環で、断捨離でモノを捨てまくる人たちの裏で稼ぎまくっている人がいる、という図式に気が付くと、ちょっといい気持ちはしません。
それに、断捨離などというブーム以前に、すでに実践していた人は大勢いるのです。
いらないものは買わない、というシンプルな生き方を実践するだけ
というわけで、わたしは断捨離ということばがあまり好きではなく…
ただ、上質なものを少しだけ、シンプルに生きたい、身軽に生きたい。そういう気持ちはあります。
わたしはいままで、どちらかというと気軽にポンポンとモノを買ってしまう性格でした。とはいえ、ない袖は振れませんし、ローンを組んでまで高額なものを買う、ということはほとんどしたことがありません。
たとえば、気に入ったスニーカーがあったら色違いで買ってしまったり。迷ったら買わない、ではなく、迷ったら2つ買う…というようなダメっぷり。
でも、母の遺品整理をしたときに、「ほとんどのモノがゴミになる。これらのゴミにいったいいくらかけてきたのだろう」ということを感じ目が覚めました。
モノを選ぶ審美眼みたいなものは培われていたかも
たくさんの買い物を通して失敗を繰り返し、モノの善し悪しを見抜く審美眼的なものは40年生きてきて身についていたような気がします。
私の場合、母親からそういう審美眼的なものを教えてもらう、という環境ではなかったため、自分で浪費して勉強するしかなかったのかもしれません。
親が常に高品質なものを少しだけ、大切に直しながら使う、という暮らし方をしていたら、身近でそれを見て育った子供は、自然に無駄のない生活を大人になってもできるのかもしれません。
そういう意味では、親が片付けができるかどうか、親の買い物の仕方、モノの選び方や使い方などは無言の躾となって子供に伝わるものなんだろうなぁ、と思います。
失敗しない買い物の仕方
わたしが実践していることはこれだけ。
- 自分の性格を知る。
- 先々ゴミになるかならないか、で決める
- 大きさで選ぶ。なるべく小さいものを買う
- ひとつで2役、3役できそうなものを選ぶ
- ストックは買わない
- 多少高くても気に入ったものを買う。妥協はしない
自分の性格を知る
わたしは「飽きっぽい」という性質があります。まぁ誰でもそうだと思うのですが、自分に合わないなと感じたり、退屈だと感じたら、スッパリやめてしまう。
恋人や友達など、人に関してはむしろじっくり長く付き合うことができるのですが、たとえば習い事や趣味などに関しては飽きっぽさが現れます。
一方で好奇心が強いために、色々なコトをやってみたい!という気持ちが沸くので、それに伴って買い物が発生するときに自分の性格を思い出すようにしています。
今まで同じような買い物をしなかったか、飽きる可能性はないか。
すぐにパっと買ってしまうのではなく、数日空けるようにします。数日あけてもやっぱり欲しい、必要だ、と考えることができたら買う。数日あけてもまだ迷いがあるようなら買わない。たいていそのうち忘れてしまうので、そういうものは初めから不要なものだった、ということ。
先々ゴミになるかならないか、で決める
今までの経験上、ゴミになりやすいものは100均で買ったもの。
最近では、ダ〇ソーの商品はとても100円には見えないような驚く商品がたくさんありますが、今まで買ったモノの破棄率を考えると、圧倒的に100均のものが多い。
あとは、ユニ〇ロなどのファストファッション。
商品に当たり外れが多く、数年以上に亘って着ているものもあれば、一度の洗濯でダメになってしまったシャツの多いこと。生地はペラペラなのが多いし安っぽさは否めない。その上最近、全体的に価格が上がってきているような…もはやファストファッションとは呼べない感じに。
ユニ〇ロユーザーも世代を超えて多いだけに、人と被ることも多く、突出したお洒落はできない、と感じています。
でもときどき利用します。パジャマとか。色柄が気に入って1~2年着られればいい、という割り切りと、値段のバランスで納得できたら買う、という感じです。
服は、数は多くいらないことがわかっているので、ダメになったら買い換える、という感じにしています。肩幅、身幅、丈の感じを、前も後ろも横からもちゃんとチェックします。少しでも合わなければ買わない、を徹底します。
化繊混合の服は、やはり持ちが悪いです。毛玉ができたり、生地がテロテロになったり。綿、麻、ウールなど天然素材100%のものを選ぶようにします。
天然素材のものは、やはり化繊混合のものよりお値段は高めです。アウトレットに行くとよくわかりますが、アウトレットに置かれている服の素材を見てみると、面白いほど化繊が混合されています。
長く使っていくうちにつく汚れやシミが、ただのゴミになるかアンティークになるか、という視点でも選びます。たとえば、漆器、真鍮、銅などは、長く使ううちに傷みは出てきますが、ゴミのように汚らしくならずアンティークの味わいが出ます。
大きさで選ぶ。なるべく小さいものを選ぶ
たとえば調理道具。大は小を兼ねない道具は、ジャストサイズ用にこだわります。
わたしが持っている一番大きなフタ付きの鍋は、直径18cmの段付き鍋と、直径30cmのうどんすき鍋だけです。
普段使っている鍋は、フィスラー社の「スナッキーセット」という、直径14cmの両手鍋と片手鍋、16cmのフライパン。ステンレス製です。
小さな鍋を使い出してわかったことが、料理がとても楽しくなる、ということ。
小さいけれど、4人分のお味噌汁は取れますし、2人用にはちょうどいい。小さいから必然的に作れる量は決まってくるし、使う具材の量も少ないので、下準備があっという間に終わります。
以前はなんでもちょっと多めに作って余りは冷蔵庫へ、翌日にも食卓に出す、というスタイルだったのですが、調理道具を小さくすることで食べきりサイズに。
それでも余ることがあるので、お弁当に入れればすべて食べきられる、という感じです。
作り置きがないので翌日はまた調理が必要。でも、わたしの場合、翌日も同じものを食べる、というのがあまり好きではなく、その日に作ったものをその日のうちに食べたい、という気持ちが強いので、自分に合っています。
16cmのステンレスのフライパンは、よく熱してから油をひくことで、素材がくっつくことはありません。朝食の目玉焼きやウインナーのソテー、量があまり作れないイカゲソとワタの炒めものなど、小さいサイズのメリットをたくさん感じることができます。
ひとつで2役、3役できそうなものを選ぶ
買い物をする際、できるだけお得に買いたい、と思うもの。
でも、上にも書いてきたとおり、安いものは素材や耐久性に現れるので、結果的に高い買い物になったり、ゴミになったり、愛着が持てなかったりするので、値段が安いからお得、というわけでもありません。
ですので、本来の用途以外にも他の使い道があるか、幾通りもの使い方ができるか、という視点で選んでみます。
たとえばレインコート。
レインコートは、本来は雨の日に着るもの。レインコートは、それこそピンキリの商品なのですが、安価なものは、シャカシャカ音がしたり柄がモロにレインコートで、電車に乗るのも憚られるその素材の見た目故、雨の日にしか着られないものが多いです。
シャカシャカ音がしたり、水玉模様だったりして、電車の中で着るのもはばかれるようなものも多いです。
レインコートは、雨の日だけに着るものだから、と3,000円くらいまでしか出したくない、という人もいますが、それは「雨の日だけ」という制限があるからです。
雨の日だけじゃなく、雨が降りそうな日、または肌寒い春先のコートとしても着られる素材感のものを選べば着る回数も増え、1回着用ごとのコストは下がります。
1万円ちょっと出せば、そういうレインコートは購入できます。レインコートとしては高いですが、肌寒いときにも着られるような素材、トレンチコートのようなベーシックな色やデザインで選べば何度も着られますし、お得な気がしませんか?
その他、調理道具の「便利グッズ」は、ほとんど包丁一本で済むものがほとんど。なので、ガーリックマッシャーもスライサーも不要。包丁をさっと出して切った方が早いし、後片付けも簡単です。
ストックは買わない
薬局やスーパーなどで特売をしていても、大量にストックは買わない、と決めています。
洗剤や石鹸など、安くなっているといっても数十円。大くても100円程度。ストックを持って場所を専有させるより、「外にストックを持つ」という感覚でドラッグストアやスーパーを利用します。
たくさん家にあると気が大きくなり、一度にたくさん使ってしまったり、悪くなってしまったり。
ただ、震災用の備蓄用缶詰や水などは最低限置くようにしています。
多少高くても気に入ったものを買う。妥協はしない
少ししか持たないと決めると、たくさん買う必要がないので1点にかけるお金を多く割り当てられます。衣類(外着、部屋着、パジャマ、下着、靴下)、靴、タオルやフキンなどのリネン類、洗剤や歯磨き粉などの消耗品など。
安さ重視で選ぶことをやめ、素材や好みを優先させることで、愛着がわき大切に使いつづけることができます。
服の場合、「デザインは気に入っているけれど、ちょっと大きい」と感じたら買いません。サイズが合わない服は野暮ったく見えますし、着心地が悪いからです。
モノにかけるお金が全体的に減るので、たとえば人に見られない部屋着やパジャマにも、ちょっと贅沢ができるようになります。
家で着るものや使うものにもこだわりを持ち、吟味して買い物をすると、生活全体の質が上がり、気分も上々です。
外着は、外着として最後まで着倒し、部屋着やパジャマに格下げ、ということはしません。部屋着、パジャマはすでにお気に入りのものを持っているので必要ないからです。また、部屋着やパジャマとして作られている衣服は、その用途にふさわしく作られているので着心地、寝心地がよく、外着を部屋着にするメリットがないのです。
ですので、お気に入りの外着を最後まで着て処分することで、新しく買い足す愉しみも生まれます。
まとめ
いかがでしたか?自分の実体験を元に、片付けや整理を考えてみました。
断捨離ブームですが、それが最善というわけではありません。捨てなきゃいけない、というわけでもない。
でも遺された方の負担はそれなりに大きいから、立つ鳥跡を濁さず。ある程度身奇麗にしておいた方が、遺された人の心と経済的な負担は減りますよ、というお話でした。