今世間を賑わせている日本大学アメリカンフットボール部員の悪質タックル事件。
関学大のクオーターバックがパスを投げ終え、無防備になった背後から日大の選手が激しくタックスルしたことで、関学大の選手が膝などに全治3週間の怪我を負った事件です。
この事件の背景に、権力を持つ者からの支配と虐待の構図が明らかになりました。タックルした選手は加害者ですが、同時に被害者でもあります。
今回はこの事件に絡め、一般家庭にもこの構図が当てはまるケースについて記事にしました。
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愚かな人物が権力を持つと相手を支配したり虐待をする
ニュースで取り上げられる虐待の痛ましい事件の数々。肉親であろうとなかろうと、大人たちに虐待され死に至った悲しい事件は後を絶ちません。これからどんな人生を歩むはずだったのだろうと想像すると、胸がえぐられるような気持ちになる事件です。
ただ、世間が忘れがちなのが、これらの事件は氷山の一角で、真綿で首を絞められるように日々、精神的虐待により苦しんでいる子供たち、さらには大人になってもその苦しみが癒えない人たちがいる、という事実。
ニュースで取り上げられる悲惨な事件は、かなりの確率で「典型的なケース」がほとんどです。
若すぎる出産による生活苦、無職、内縁の夫や妻。またか、と感じざるを得ません。
ただ、こういう親の場合、周囲や学校からの児童相談所への報告や相談で事前に発見されるケースがあり、救われる子供たちもいる、という事実があります。
私が問題だと感じるのは、親が一般社会できちんと仕事をしていて役職を持っていたり、指導者であったり、先生であったりと、尊敬されるような立場にある人物が家庭内で子供に精神的虐待やパワハラ、モラハラを行っているケースです。
虐待を受けているこどもは人生経験も乏しく、他の家庭との比較もできないため、それが「普通」で育ちます。親に疑問を抱いたり、理不尽だと思っても、親が立派な職業についていたり、社会的地位がある場合、「自分のために怒ってくれているのだ」「自分が悪いのだ」と納得させながら生きていくことになります。
親を敬え、親に従え、という親の心理
親を敬え、親に従え。
私の考えでは、この台詞を言う親は、精神的虐待やモラハラ、パワハラを行う確率が極めて高い、と思っています。
親が謙虚で自分の親や周囲とも健全な関係を保ち、お互いに敬意を払うことができていたら、こういう台詞を言うことはない、と考えています。
「先生を敬いなさい」「人の意見も尊重し、自分の考えも言えるようになりなさい」というならわかりますが、親である、というだけで自分に服従させたいという心理が働いているにすぎません。
親は偉い、親は正しい、親は絶対、というのに相応しい大人がどれだけいるんでしょうか。そう言える人はよほどの人格者か傲慢な人でしかないと思います。
親が一生懸命に働いている姿や、一緒に遊んでくれる姿を見て、相談したときにきちんと対応してもらいながら、自然と自発的に親を敬うようになるものであって、親が従え、敬え、と命令したり強要するものではないのではないでしょうか。
親に従え、親を敬え、というのは自分の自信のなさを隠し、子供にトップダウンで服従させる簡単な支配構図に便利な言葉なのです。
立場が弱い者、とくに子供や今回の日大アメフト部の選手のように反発すれば不利益を被る立場にいる弱者は、従わないと生きていけないために反論することができません。その心理を巧妙に利用した、虐待を行う人間が都合よく使う言葉なのです。
あなたのために、という都合の良い台詞で相手を追い詰める
虐待を行う人が、これもよく使う名台詞、「あなたのために」。
今回の日大、内田正人前監督、井上前コーチがしきりに会見で言っていた「選手のために」という言葉。
力のある選手だったから、もっと成長して欲しいと思ってハッパをかけた、選手のためを思って言ったこと…
今の時代、パワハラやモラハラが取り沙汰されて広く認知されるようになったために、これらの言葉も空々しい言い訳として聞こえるようになりましたが、20年前なら「監督の愛」として片付けられていた可能性もあります。
「あなたのために」という言葉は、家庭内でも親がよく使うことばです。
ちょっと話は変わりますが、「モラハラ」を訴え離婚した三船美佳さんの夫、高橋ジョージさんが、離婚後にあるバラエティ番組での発言を聞いて、「相当なモラハラ男だ」と感じたことがありました。
「結婚したとき、彼女はまだ16歳だったから、親みたいな感覚があった。親として教育してあげる、という気持ちだった。美佳のためを思って」という表現だったと思います。
相手の年齢がいくつであろうと結婚しようと決めた男が、「親として教育してあげる」なんて、どれだけ傲慢なのだろう、と思ったものでした。結婚する時点でもう親から独立したひとりの女性であるのだから、教育とか教えてあげるとか、そういう発想になること自体パワハラ、モラハラのなにものでもありません。
話をもとに戻しますが、あなた自身、自分の親から「あなたのために」と言われたことはありませんでしたか。そのとき、どんな風に感じましたか?
「お前のために働いている」
「お前のために言ってるんだ」
「お前のためにしてやってるんだ」
「こどもがいるから我慢している」
なんとなく、違和感を感じなかったでしょうか。明らかに悪いことをしたときに叱られた場合は納得できるものですが、大人になった今でも「あれは理不尽だった」と感じることはないですか?
親の年齢になってわかることですが、こどもがいなくたって働かなければ生活はできないし、子供を作って育てたいと思って作ったのは親であり、その時点で教育や養育にどれだけお金がかかるのか、そしてそれを準備するのが親の責任です。
親も人間なので完璧ではありません。ときには間違うこともあります。感情的になることもあります。
でもここで問題にしているのは、「常に親が絶対であり、親に従わせる」空気があるかどうか。明らかに理不尽だと感じているのに、反抗さえできない上下関係ができあがっていないかどうか。
「あなたのために」という言葉は、その言葉の背景に発言する人にとって都合のいい解釈があることがほとんどです。
精神的虐待はどの家庭でも起こり得る
こどもが言うことを聞かなかったり、反抗したり。でも、ひとりの大人に成長する過程で身近な大人に反抗するのは健全な証拠です。
子供に反抗されたことに怒り、叩いたり無視したり暴言を吐いたり「お前のために働いてやっているのに」などという親は、こどもと同じ精神年齢です。
精神的虐待を行う親は、自分も同じような扱いを親から受けていたことが多いです。これを「連鎖」といいます。親から受けた言葉や肉体的暴力に傷ついているのにも関わらず、傷ついた自分を受け止めず、親の言いなりになることが絶対に正しい、と思いながら育ち大人になったとき、その心の傷を弱い立場のこどもに当たっている、と言われています。
つまり、尊敬しているはずの親から受けた精神的・肉体的虐待を無意識に受け入れることにより本当の自分の気持ちとの矛盾が起こり、その憤りをこどもに向けて発散しているのです。本来なら親へ反抗するべき矛先を、立場の弱いこどもに向けることで精神バランスを取ろうとしている、とも言えます。
精神的虐待は、どんな家庭でも起こりえます。今まさに、あなたの家庭でも行われている可能性があります。精神的虐待を行う側も、受ける側も、気がついていないケースがあるからです。
精神的虐待の加害親は、世間の虐待事件や今回の日大の事件などをみて自分のことを棚に上げ、「ひどい」「かわいそうに」などと言うことさえあるのです。
こどもの給食費を払わない親
経済的に困窮しているわけでもないのにこどもの給食費を払わない親が増えていることが問題になっています。
「馬鹿な親が増えた」とよく聞きますが、わたしが思うに「病んだ人が増えた」ということ。
思いやりがなく、相手の気持ちを汲み取ることができず、お金があるのに給食費を払わないことで子供がどんな思いをするかを想像できない、というのは、精神科に行けばなんらかの診断が下るのでは?とさえ思います。
わたしの地元でも、同級生の友人に話を聞くと、「外車に乗って、けっこう裕福そうな家庭なんだけど、払ってないらしい」という親がいるそうです。
「あの人がなぜ?」と不思議に思うけれど、これが一番「あの人が精神的虐待をしているなんて信じられない」というわかりやすい一例だと思います。
子供が「なんで給食費を払ってくれないの?」と聞けるような親子関係なら、給食費未納の問題など起こらないと思います。
虐待を行う人物はけして社会不適合者ではない
先にも書きましたが、虐待を行う人物はけして社会不適合者であるとは限りません。
会社の社長や重役についている人、学校の先生、教室の先生などの指導的立場にある人、社会的に人格者だと思われている人でさえ、実は虐待加害者であった、というケースはたくさんあります。
虐待とは、肉体的に暴力をふるったり精神的に追い詰めたり暴言を吐いたり、ということだけではありません。虐待加害者は、精神的疾患を抱えているケースもあります。生い立ちや親との関係からボーダーラインなどの人格障害を抱えているケースもあります。
有名なところでは、レーガン大統領、イギリスのダイアナ妃(ボーダーラインの『みなしごタイプ』)などがあげられます。
ダイアナ妃は子供たちに直接的な虐待を行ってきたわけではありませんが、夫との不仲により度重なる自殺未遂で相手の心理を向けようとすることが、ボーダーラインの「みなしごタイプ」とする精神科医がいます。
精神的虐待を受けている、と感じたらすぐに行動すべきこと
小さいこどものうちは、不幸にも精神的虐待親から逃げる術はほとんどないのが日本の現状です。
親の社会的地位もそうですが、「まさかあの人が」という人が家庭内という密室で行うことがほとんどで、こどもが友達に漏らしても、先生に相談しても、日本の場合「でもお母さん(お父さん)はあなたのためを思っているのかも」などという言葉が返ってくるケースがまだまだほとんどではないでしょうか。
勇気を出して声をあげた子供たちは、周囲が理解してくれないことで落胆し、諦め、絶望していく中で、自分の気持ちを押し殺して「悪いのは自分」と転換することでなんとか生き延びようとします。これは人間の生存本能で、脳がそう仕向けるためです。
不幸にもこういう親に当たってしまった子供は、30代になっても、40代になっても親からの支配に抜け出せない人もいるのです。
もし親のことを考えると心臓がバクバクするとか、親と会った翌日は具合が悪くなるとか、親と会うことがとても恐怖だとか、コントロールされていると感じるとか、そういう風に感じる場合は、親からのパワハラ、モラハラなどの精神的被害を受けている可能性もあります。
会社でのパワハラ上司も同じことですが、親とパワハラ上司との大きな違いは「血が繋がっていない」こと。福利厚生や相談窓口のある会社なら、相談したり移動を申し出たり、色々方法はあると思います。
相手を刺激しないよう、真っ向から対決しようとはせず、フェードアウトが一番安全な逃避方法です。
真っ向から対決すると、火に油を注ぎ、色々な制裁を与えようとされたり、執拗に言葉で翻弄されたりするだけです。精神的加害者は、病んでいるケースがほとんどですが、自ら病院に行くことはほとんどなく、周囲が病院に連れて行こうとすると烈火のごとく怒り狂うことが多いと言われています。
病院に行ったところで、医師の前では平気で嘘をつき、精神科医でさえ騙されてしまうこともあり、「一生治らない」とも言われています。
虐待を受けた人は、辛いできごとを忘れたい、忘れようとすることから、認知症になるリスクも上がる、と言われています。辛い感情を鈍化させるために、思考が鈍くなったり、部屋が片付けられない、書類が分類できない、などの問題を抱えたり、幼少期は扁桃炎にかかる頻度が高いとも言われています。(扁桃炎は感情を司る脳機能と繋がっているそうです)
今回の日大アメフト部のケースは、選手にとっては可哀想な出来事でしたが、彼が会見で全てをさらけ出したのは、支配への「真っ向からの対決」でした。彼がなぜそれができたか。
それは、もうアメフトを続けたいと思う気持ちがなくなったことで、監督やコーチと永遠に付き合う必要がなくなったからではないか、と考えます。監督やコーチが肉親でなければ、縁は簡単に切ることが可能です。
彼を被害者だと擁護してくれる第三者がたくさんいることは大きな救いだと思います。心無い言葉をいう人たちもいるようですが、所詮匿名で責任を伴わないものです。彼を批判する人は、自分の中に虐待を行う可能性があると感じた方がいいとさえ思います。
彼がひとりで会見に出て、正直にすべての顛末を語った背景には、彼の親御さんのアドバイスや存在が大きかったのでは、と想像します。
たとえ今、最悪な状況の中にあっても、正直にすべてを告白しなさい、という助言が親からあったのかどうかは不明ですが、彼があの会見に出て正直にすべてを告白した事実は、今後の彼の生き方に大きく影響するでしょうし、10年後、20年後経ったときに悔いの残らない正しい選択だったと思います。
まとめ
日大アメフト部の悪質タックル事件。わたしはこの事件を見ながら、日本の一般家庭にも多く見受けられる支配構図ではないか、と感じていました。
母娘問題で苦しむ女性が増えている、というニュースもあります。
日本はまだまだ、精神的虐待に関しては先進諸外国に比べて遅れていると思います。
(アメリカでは、他人でも精神的・肉体的虐待を知った時点で通報しないと罪になります。)
日大の体質が問われていますが、わたしは日本の問題でもある、と感じています。
参考文献
人格障害がテーマの映画
- 蛇の人(2010年公開 主演:永作博美、西島秀俊)
- 17歳のカルテ(1999年公開 ウィノナ・ライダー、アンジェリーナ・ジョリー)
- 危険な情事(1987年 マイケルダグラス、グレン・クローズ)
- たとえば檸檬(2012年 有森也実、綾野剛)